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東京高等裁判所 昭和47年(く)204号 決定 1973年3月28日

申立人 金井佳子

弁護人 岡邦俊 外三名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、弁護人岡邦俊、同栗山和也、同古瀬駿介、同山崎素男の連名で提出された抗告申立書(申立人金井佳子の意見書引用)ならびに抗告申立理由補充書に記載されているとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

抗告申立書中申立の理由二および抗告申立理由補充書第二記載の趣意について。

所論の要旨は、原審が、被疑者その他の取調に際し、申立人代理人を立ち合わせず、かつその発問の機会を与えなかつたことおよび刑事訴訟規則第一七一条所定の検察官意見書、書類、証拠物を申立人ならびに代理人に開示しなかつたことは明らかに付審判請求事件の審理手続の趣旨に違背し違法であるから原決定は取消を免れないというのである。

しかしながら、刑事訴訟法第二六二条第一項のいわゆる付審判請求は、同条同項に掲げる罪についての告訴または告発事件に対する検察官の不起訴処分の存在を前提として、これに対して不服がある場合に行なわれるものではあるが、裁判所が審理の結果、請求が理由あるものと認めて付審判の決定をして始めて公訴の提起があつたものとみなされる(同法第二六六条第二号、第二六七条)のであつて、この付審判請求そのものは起訴前の手続であり、これを実質的にみても、裁判所は検察官がそれまでになした捜査記録、証拠物を検討し、必要があるときはさらに事実の取調を行なつて(刑事訴訟規則第一七一条、刑事訴訟法第二六五条第二項)審判に付すべきか否かを判断すべきもので、捜査に類似する性質を有するものというほかない(最高裁昭和四七年(し)第五一号同年一一月一六日決定・判例時報六八六号一九頁、東京高裁昭和四〇年五月二〇日決定・下刑集七巻五号八一〇頁各参照)。してみれば、付審判請求の審理は、対立当事者の存在を前提として行なわれる手続ではないことが明らかであり、しかも請求人はなんら手続の進行に関与すべき地位にはないのであるから、判断資料の収集について、対立当事者の存在を前提とする諸規定、たとえば、訴訟関係人の書類、証拠物の閲覧謄写権、証拠申請権、証人尋問における立会権および尋問権等の規定の適用ないし準用はないと解するのが相当であつて(前掲最高裁決定参照)、原審がその審理に際し、申立人代理人を立ち合わせなかつたことおよび刑事訴訟規則第一七一条所定の検察官意見書、書類、証拠物を申立人ならびに代理人に開示しなかつたことはまことに当然の措置であつて右手続にはなんら違法とすべき点はない。所論は独自の見解というほかなく、論旨は理由がない。

抗告申立書中申立の理由一および抗告申立理由補充書第一記載の趣意(申立人金井佳子名義の意見書引用の分)について。

所論は、原決定の事実誤認を主張するものであるが、その要旨は、抗告申立人(原審請求人-以下請求人と称する)は原決定摘示の昭和四四年四月二八日「四・二八沖縄反戦デー」のデモに参加していたのみで、なんら逮捕されるような行為には及んでいないのに、警視庁第三機動隊所属の巡査佐々木和夫によつて逮捕され、そのうえ佐々木和夫ほか同機動隊所属の約二十名の警察官によつて原決定別紙(一)掲記の暴行陵虐をうけたことは明らかである。しかるに、原決定が請求人を逮捕したのは佐々木和夫ではなく、主として向井勝雄であり、その逮捕は相当である旨認定し、かつ佐々木和夫ほか約二十名によつて請求人主張の如き暴行陵虐が行なわれたものと認めるに足りる証拠がないと判示したのは事実を誤認したものであつて取消を免れないというのである。

そこで、まず請求人を逮捕した措置が警察官としての職権乱用行為にあたるか否かについて、記録を精査し関係書類を総合して検討すると、請求人は、本件当日東京都中央区銀座三丁目、同四丁目のいわゆる数寄屋橋交差点から有楽橋に通じる車道上において、黒字でうすく「反戦」と記入した白ヘルメツトをかぶり、タオルで顔の一部を覆い、毛絲ジヤンパー、紺色ジーパンを着用し黒色運動靴をはき、同様の白ヘルメツトを着用した数十名の集団員中に伍していたこと、被疑者佐々木和夫は第三機動隊第一大隊所属の警察官であるが、第一大隊約二百名は前同所において数寄屋橋交差点から有楽橋方向に向け、右白ヘルメツト着用の数十名を含む数百名の集団員を規制しながら前進を続けていたこと、そのころ右数百名の集団なかんずく右第一大隊にもつとも接近した位置にあつた前記請求人を含む白ヘルメット着用の集団員は激しく投石を繰り返していたが、第一大隊の最前列に位置してこれを目撃していた巡査向井勝雄は、これら白ヘルメツト着用の集団員が逃走するのを見て、これを逮捕すべく追いかけ、同日午後七時二〇分ころ前同区銀座三丁目二番地読売新聞社前歩道付近に駐車中の貨物自動車の間に逃げこんだ請求人を公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕したものであることを認めることができ、右事実関係に徴すれば、向井巡査において、請求人が直接投石をした事実は目撃していないとはいえ、請求人も投石の行為に及んだものと判断したのは当時の右状況に照らし相当であつて請求人を逮捕した向井巡査の行為をもつて職権濫用にあたるものとはいえない。なお請求人は、自分を逮捕したのは佐々木巡査であつて、向井巡査ではない旨終始一貫して主張するが、請求人に対する現行犯人連捕手読書が、向井、佐々木両巡査によつて作成されている一事からしても、向井巡査が請求人の逮捕に全く関係していないとの主張はあたらないのみならず、関係書類および証拠によつて認められるとおり、佐々木巡査は向井巡査が請求人の逮捕に赴いた際、これをうしろから追いかけ、向井巡査が前示読売新聞社前歩道付近から請求人を車道につれだし、第一大隊のあとを追う間、そのうしろから請求人につきそつて向井巡査に手を貸していたこと、第一大隊が有楽橋付近において集団員と対峙した際、向井巡査が負傷した今田巡査と伝令の任務を交替したため、その後の請求人の押送を佐々木巡査に引き継ぎ、佐々木巡査において請求人を丸の内署、麹町署に連行し逮捕手続を了したことを認めることができるのであつて、自分を逮捕したのは当初から佐々木巡査である旨の請求人の主張は、当時の混乱と、前示のように最終手続を了したのが佐々木巡査であることからする誤解としか考えられない。そして、このことは、原審における向井巡査の証人尋問に際し、向井巡査が請求人の護送を佐々木巡査に引き継ぐまでの間の佐々木巡査の行動を記憶していない旨証言し、あるいは、請求人について見覚えがあるかときかれた際、請求人は逮捕時より右証人尋問時の方が太つていたのに、逮捕時はもつと太つていたようにも思う旨誤つて証言したとしても、向井巡査が逮捕してから佐々木巡査に引き継ぐまでの間は、終始混乱のさなかにあつて、向井巡査は、白ヘルメツトを着用し顔の一部を覆つていた請求人の顔面を直接熟視することがなく、のちに写真で確認したにすぎないのであるから、右の一事をもつて前示認定を覆えすには至らない。

つぎに、請求人に対する暴行陵虐行為の存否について関係書類および証拠物を総合して検討すると、請求人が昭和四四年四月二八日、「四・二八沖縄反戦デー」の集団行動に参加した際左前胸部打撲、右大腿外側部打撲、腰部打撲、右顎関節痛の傷害を負つたことは明らかであるが、それがはたして請求人主張のような経過を辿つて発生したものであるとすることには多大の疑問を抱かざるを得ない。このことは、特に原決定も指摘するとおり、請求人とほぼ同時に、同じ現場付近で私服警察官樋口良樹によつて逮捕され、第三機動隊の部隊の間に連行されたのち、請求人と相手錠され一緒に丸の内署を経て麹町署まで同行された石森賢治の検察官に対する供述調書および証人尋問調書中の、当時の警官隊と集団員との衝突状況、集団員の投石状況に関する供述および石森を逮捕した樋口巡査が石森を連行する際の状況等に関する供述が、請求人の主張および請求人の検察官に対する供述調書、請求人の証人尋問調書記載の供述とは全く異なつているのみならず、却つて、石森の前示供述が被疑者佐々木および向井ほか第三機動隊所属警察官らの各供述と合致するところが多いことから考えて、右石森の供述および右警察官の証言の信用性を否定することができないのに対し、請求人の各供述はそのまま措信することができないからである。そこで、さらに右各関係証拠を仔細に検討すれば、請求人および前示石森は、いずれも数寄屋橋交差点と有楽橋間の道路において、第三機動隊が新橋駅寄りと東京駅寄りの二方向から集団員が投石してくるのに備えて、第一大隊が東京駅寄りの集団に、第二大隊が新橋駅寄りの集団に抗し、背中合わせに阻止線を張つている間に、それぞれ各別に逮捕されたものであること、石森を逮捕した樋口巡査は、東京駅寄りの集団員、新橋駅寄りの集団員、あるいは高速道路上の集団員からの投石を避けようとして、石森を連れて、第一大隊、第二大隊の間をあちこち逃げ廻つていたのに、石森の頭や肩等に数個の石があたる程集団員からの投石が激しい状況であつたことを認めることができ、右事実関係ならびに前示各証言に徴すれば、石森を逮捕した樋口巡査のみが投石を避ける行動に出たのに、請求人を逮捕連行した向井巡査あるいは佐々木巡査は態々請求人を投石ネツトの前に押し出し、投石の的にしたとの請求人の供述はたやすく措信し得ない。また石森は請求人が逮捕され、読売新聞社の方からくるのを目撃したのち、右の第二大隊の隊員が、第一大隊の方へ移動して行く際一瞬請求人を見失なつたとはいえ、その後まもなく請求人と相手錠され、麹町署ヘ連行されたこと、その間石森は請求人の主張するような暴行陵虐行為は見ていないこと、当時第三機動隊隊員は前示のような激しい投石に対処し集団員を規制することに追われる状況にあつたことが認められる。したがつて、右事実関係に徴すれば、混乱のさなかにあつて、佐々木巡査ほか約二十名の警察官が請求人を取り囲み、所論のような暴行陵虐を加えたと認めるに足りる証拠はないといわなければならない(なお、佐々木巡査の暴行の有無については、請求人に対する検事高城竜夫の取調に際し、同検事から、受傷状況について、佐々木巡査にやられたのかと尋ねられたのに対し、請求人自身、佐々木はやらない旨答えた事実が認められる。)。しかも、右認定のような状況下においては、前示請求人の傷害は、集団員側からする投石による可能性、あるいは警察官の規制等の際に生じる可能性等も考えられるのであり、これ以上に、請求人に対する暴行の有無に関し事実調査を進めなければならない点は存しない。

結局、原決定の認定事実には、なんらの誤認も存しないから、この点に関する論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法第四二六条第一項により、本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 真野英一 判事 吉川由己夫 判事 高木典雄)

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